ざあざあと雨の降る外と比べ、清泉寮の食堂の中は平穏そのものだった。
ひとしきりみやげ物を物色し、ホットドッグを食い、さらにはソフトクリームすら食べようかということが、そのときの僕の関心事の全てだった。
彼女は暖かそうなダウンに包まり、テーブルに突っ伏したまましばらく動いていない。
彼はストーブの前のベンチに陣取るとぼんやりとただ一点を眺めていた。
本当にこの雨はやむんだろうか。
風は吹き、外から雨宿りに逃げ込んでくる観光客の皆さんは、ほぼ例外なくびしょ濡れだった。
僕は途方にくれていた。
時刻は18:00過ぎ。あたりは暗くなり始めていた。
雨で増水した沢の渡渉は困難を極め、高巻をすること数回。
小屋はもうすぐそこであろうにも拘らず、高巻のトレースはプッツリと切れていた。
くそっ、こんなはずじゃ・・・こんなはずじゃ・・・。
まさか小屋までの間でロープを出す羽目になるとは思わなかったが、まさかさっきの巻き道を下ろうなんて思わない。
名も無き懸垂下降・・・急げ急げ、すぐ真っ暗になっちまう。
『煙いな。』
彼はそう呟いた。
視線の先には炭が赤く燃える薪ストーブ。
外に排気するパイプはあるが、何故かストーブの天板が開けられており、小屋中に排気が蔓延していた。
目が沁みる。軽く咽る。
彼女の用意してくれた塩麹の鶏肉味噌鍋だけが小屋での楽しみ。
それを100%堪能するために、彼は思い立って天板を閉めに立った。
が、その数分後に何故か開けられ、小屋中に煙は再び蔓延するのだが。
寝るときも、起きたときも。
まさか最後の最後に荷物の撤収に訪れたときも、再び煙だらけになっているとは思わなかったが。
真っ暗な夜明け前のアプローチ。
ルートを探しながら歩く。
この時、僕は絶対にたどり着けないんじゃないかと思っていて、きっとそれは現実になるはずだった。

地形図とコンパス、概念図とにらめっこ。
地形図をこんなに必死になって見たのは初めてかもしれない。
いかに自分が、他人の力によって登ってきたかを如実に表している。
取付きらしき尾根を見つけたときも、まだ僕は半信半疑だった。
絶対に登れない。そう信じていた。

雪。柔らかい。トレース。消えかかり。
こんな程度のラッセルがなんだ、と言われるだろう。
先行パーティはなし。
ずるずると流れるような雪を踏み固め、僕は無様に先頭を歩いていた。
時刻は6:00頃。いつまでも続く樹林帯のラッセルで気が狂いそうになっていた。

目の前が開ける・・・そうなると人間現金なモノで、途端に元気になる。
この眺めを見せられたら、そりゃあてっぺんに行って、そこからの眺めを楽しんでみたいと思うのが普通だろ?
五段の宮。
凍った草付と岩とアイゼンでのスメアリングの殿堂。
今シーズン本当に氷と岩ばかりやっていて良かったとつくづく思った瞬間。
雪が降ってきてしまって、ここからの眺めを楽しめないのはどんな罰ゲームかと思うけど、凍った草付にアックスを振るう感触はなかなかイイ。

できないと思ってた。登れないと思ってた。
真っ白で殆ど何も見えないけれど、頂上で交わしたハイタッチはナニモノにも換え難かった。
その為に山に登る?
そうとは言わないけれど、それも理由の一つであることは確かだな。

3/31、4/1でともやんさん、YUKIちゃんと旭岳東稜を登ってきました。
YUKIちゃん、写真ありがとう。使わせてもらったよ。
他に追記があればよろしくお願いします。
ともやんです。
画像アップしとくよ

1P目をフォローするK嬢

2P目は草付きMIXから雪壁のトラバース、ナイフリッジへのマントリングをしてさらに雪壁を登る